負け試合を最大のチャンスにする質問技法

2023.08.25

適切な質問は、相手に考える力をつけ、相手の気づきを促し、さらに具体的な行動に変化させる魔法の言葉です。

私はPTAの会などに講師として呼ばれた時、よく次の問いかけをしてみます。

「子どもがスポーツの試合でコテンパンに負けて帰ってきたとします。その時に保護者としてどういう会話をしますか?」

この場合も適切な質問技法を入れることによって、子どもは今までにない大きな気づきを得ることができるのです。

この状況設定は、子どもがしょげて帰ってきて、もう負けたことが一目でわかる場面です。

家族も皆、何だか気を遣ってしまい、家の中がシーンとしています。

さあ、あなたはこの子どもに何と言って声を掛けますか? ここでは、先ほどご説明した「質問技法」がヒントです。

講演に集まった方々からは色々な答えが出ますが、大体は次の4つに分類されます。

1.とりあえず、前向きな言葉をかける。
「負けたものはしょうがないんだから、また明日から練習頑張りなさい」というパターン。

2.試合のことには一切触れない。ただいつも通りに家族で過ごす。 落ち込んでいても、触れられたくないのなら、そこにはあえて触れないという考え方。

3.言葉ではなく、好きな料理を出したり、子どもの好きなことやらせて慰める。例えば、好物のハンバーグを作ったり、前からやりたがっていたゲームで一緒に楽しんだりして、あえて気持ちを紛らわすやり方。

4.これは時々いるスパルタお父さんですが、「お前が弱いから負けたんだ。悔しかったら強くなってみろ!」と叱りつける。

大体、以上の4パターンに分けられるようです。

では、それぞれがどのように心理的な影響を与えていくかを、少し分析してみたいと思います。

まず、1番目の「負けたものはしょうがないんだから、また明日から練習頑張りなさい」と前向きに声をかけるパターンです。

これは、子どもにとってはとても健全で良いことです。いつまでもクヨクヨするのではなくて、常に前向きに考える習慣をつけられるでしょう。

ただ、その反面、「終わったことは全て忘れてしまいなさい」と捉えられてしまうこともあり、一体何が悪かったのかという反省ができない習慣が付いてしまいます。
前向きでいつも明るい子ではあるけれど、負けや失敗から学ぶことができず、同じような失 敗を繰り返してしまうこともあるので、要注意です。

2番目の、本人が何も言わないのだったら、とりあえずその話題には触れない、と 考え方はどうでしょう。

これは、あえてその話題を出すことで感情的になられたり、場の雰囲気が悪くなることを気にする人が取るパターンです。

子どもはまだ未成熟なため、皆がいる所で自分の感情を隠しておくこともできないし、その必要もないのです。
周囲が気を遣い過ぎてその話題に触れないとなると、例えば気の強い子だったら、 「何で皆はわざと知らん振りをしているんだ」と怒りっぽくなるでしょう。気の弱い子 だったら、「自分が周りに気を遣わせてしまっている」と思い、試合に負けると周りに迷惑をかけると思ってしまいます。

試合にしても人生にしても、勝つこともあれば負けることもあります。負けると周り が気を遣うので、かえって自分も気を遣ってしまうため、チャレンジしなくなったり、 あえて明るく振る舞うような嘘の表現を始めたりします。

ですから、試合の結果としっかり向かい合って、次への糧にすることが大切だと思います。

3番目の、好物のメニューを出したり一緒に遊んであげたりする、です。

とても優しい家族だと思います。ただし、これは無意識のうちに、「嫌なことや辛いことは避けて通り、その本質と向かい合わずに目先の楽しさでごまかしていく」とメッセージを投げかけてしまいます。

子どもは、試合に負ければ好物にありつけたり、楽しいゲームをして遊べるため、 強くなろうという気持ちにならなくなるかもしれません。その子を弱いものとして同情的に扱うと、チャレンジすることも、悔しさをバネにすることもせずに、目先の娯楽でごまかす習慣ができてしまいます。

優しい行動のつもりが、実は子どもの心を弱くしてしまうこともあるのです。

4番目の、厳しく叱る、です。今は減ってきたと思いますが、昔はこのような親がほとんどでした。

「お前が悪かったんだ、しっかり自覚しろ」と叱ります。ただ、よく考えてみれば、子どもはすでに、精神的なダメージを受けています。それにも関わらず、追い打ちをかけ るように厳しく叱って、ダメージを強くする必要があるのでしょうか。

ただし、もし子どもが負けたにも関わらず、あまり試合のことに向かい合わずにごまかしているならば、きちんと「自分が負けたのだから、その負けたこととは向かい合いなさい」と言う必要はあるかも知れません。

ダメージを受けた子どもをさらに叱って、ダメージを与える必要はありません。 ろ、そこから何を学べるかということを、優しい口調で語りかけましょう。

たくさんのアスリートのメンタルトレーニングをすると、気がつくことがあります。

それは、試合に負けて悔しがらない選手は決して強くなれない、ということです。

これは、プロスポーツ選手にも時々見られる現象です。

競った試合で負けた後、その惜しいところで負けてしまったことに向かい合えないのです。そして、「いやあ、たま たま、あのようになってしまったんですよ」とか「ま、あの場面では仕方なかったんでね」と、こちらから聞きもしないのに言い訳をしたり、全く平気だ、悔しくない、という表現をする選手がいます。

私はそういう選手には「悔しくないんですか?」と、少し厳しい口調で問いかけることがあります。アスリートはいつも勝つために闘っているはずです。負けて良い試合なんてあるはずがありません。

負ければ健全に悔しがり、そこから反省し、「次は勝ちた い」という気持ちをバネに練習するのです。試合運びをもう一度練り直し、頭を使い、 身体を鍛え、強くなっていかなければいけません。

ですから、子供が負けて帰ってきて落ち込んでいるなら、 悔しさの種を持っているのです。もっと悔しがるべきだし、その悔しさをバネに力を付けていくべきです。

試合の勝ち負けは結果であって、それだけが重要なのではありません。試合で勝っても、その後に弱くなっては意味がありません。たとえ試合でボロ負けしても、それを通じて強くなけば、着実に前に進んでいけるのです。

では、前述の質問 「子どもがスポーツの試合でコテンパンに負けて帰ってきたとしま す。その時に保護者としてどういう会話をしますか?」における、理想的な展開をご紹介しましょう。

ズバリ、次のように質問するのです。
「ああ、試合負けちゃったんだね。そうか。次はどうすれば勝てると思う?」


悔しがっている子どもには、「次は勝ちたい」という気持ちがあります。次に勝つにはどうすれば良いと思うか、しっかりと向かい合って考えることが大切なのです。

この質問をすると、実にユニークな答えが返ってくることがあります。


「うーん、やっぱり体力が全然なかったから、明日から牛乳をちゃんと飲むよ」と言った子もいました。


思春期ぐらいの子どもになると、「今までよりも朝練をしっかりとやる」とか「腕立て伏せの回数を増やす」という具体的な目標設定ができるようになります。

プロのスポーツ選手ならば、試合運びの改善や様々な潜在能力の開発、そしてメンタリティまで含め、さらに高度にしっかりと向かい合っていくことができます。

どんなかたちにしても、試合で負けることは強くなる最大のチャンスです。それをこちらからアドバイスするのではなく、しっかりと聴くことによって相手が考えて、強くなっていきます。

考えることは強くなることです。

悩むことと考えることを混同して、最近は考えない人が増えています。でも、いつも健全に、どうすれば勝てるのか、どうすれば強くなれるのか、どうすれば一つ一つ変化を起こせるのか、考えることが大切です。

メンタルトレーニングは考えることでもあります。そして、相手を強い人として扱い、相手が必ず自分で気づけると信じて待つことでもあります。

メンタルトレーニングの基本は、自分がアドバイスをするのではなく、相手から引き出していくことです。
それには、相手の可能性と考える力を信じて、十分に敬意を払いながら会話を進めることが大切です。