2023.09.14
義田貴士氏が初めて本格的にメンタルトレーニングを受け持ったのは、静岡にある高校の野球部でした。
最初は、うまくメンタルトレーニングできるか不安に思っていましたが、球児たちの表情が少しずつ変わってくるのを目の当たりにし、同時に自分もメンタルトレーナーとしての成長を実感していきました。
全く無名の弱小校が、県大会準優勝まで登りつめた軌跡。これが、初仕事でした。
最近では、スポーツ名門校が全国の優秀な選手を独占してしまうため、地方にある普通の高校ではなかなか人材に恵まれません。義田氏が依頼を受けた学校もそのような普通の高校でした。
義田氏の一番の武器は、原辰徳監督、松井秀喜選手(2012年引退)など、 超一流スターからたくさんの話を聴いてきたことです。彼らがどんなメンタルで毎日を過ごしているかを語っていくだけで、高校球児たちはワクワクするに違いありません。
初めてこの高校に来た時、義田氏は自分の目を疑いました。部員たちは無気力でやる全く無名の弱小校が、県大会準優勝まで登りつめた軌跡。これが、初仕事でした。
最近では、スポーツ名門校が全国の優秀な選手を独占してしまうため、地方にある普通の高校ではなかなか人材に恵まれません。義田氏が依頼を受けた学校もそのような普通の高校でした。
義田氏の一番の武器は、原辰徳監督、松井秀喜選手(2012年引退)など、 一流スターからたくさんの話を聴いてきたことです。彼らがどんなメンタルで毎日を過ごしているかを語っていくだけで、高校球児たちはワクワクするに違いありません。
初めてこの高校に来た時、義田氏は自分の目を疑いました。部員たちは無気力でやる気のない表情で、「目標は? 夢は?」と聞いても「特にありません」と答えてしまうのです。
それでも一人一人としっかり面談し、時には一時間以上かけて話を聴きました。
カウンセリングでは、「もう部活を辞めたい」とか「監督のことが嫌だ」という愚痴もしっかり受け止め、丁寧に聴くプロとして「そうなんだ、それは辛いよな。大変だったな」と言いながら話を聴いていったのです。
そうしているうちに、最初は心を閉ざしていた思春期の部員たちも、少しずつ心を開いていきました。
ところが、試合中に義田氏はあることに気づきました。
ピッチャーがピンチに陥っている時、周りの選手は声をかけようともせず、ただ黙々とプレーしていて、悪い流れが続いている光景です。
そこで、選手たちに問いかけました。
「ピッチャーが追い込まれているのにどうして誰も声をかけないの? むしろ周りの野手たちまでピッチャーを責めているように見えるけど、自分たちはチームじゃないの?」
するとある選手が言いました。
「声をかけないと悪いとはわかっているんですが、タイミングがないんです…………」
「いや、声をかけようと思ったらまず声をかけようよ。思っているだけでは駄目。行動に起こそう」
行動のマネジメントという観点から、気合いで頑張れという単なる精神論ではなく、具体的な行動にしていくことにしました。
そのような変化を見て、選手だけではなく、監督やコーチ陣の考え方も少しずつ変わり始めました。監督やコーチ陣もこういう場合はどうしたらいいかと、聞いてくれるようになったのです。
そして全てを任された信頼関係から、ある提案をしました。
「監督やコーチ陣は選手たちを褒めなさすぎです。選手は打って当たり前で、三振したらボロクソに怒られるのではやる気になりません。もっと皆で褒めて称えて盛り上げていきませんか?」
そのようなことはやったことがないと渋る監督やコーチ陣も、義田氏が自ら「いいぞ! 最高だ! よくわかってるな!」などのプラスのストロークで声を始めると、彼らも少しずつ同じように声をかけるようになりました。
今まで以上に承認のストロークをお互いに声に出し合って、変化していった頃、ある事件が起こります。
野球部員の一部が、校内でトラブルを起こしました。結果としては大きな問題にならなかったのですが、高校野球はとてもモラルに厳しいスポーツです。
このような子供たちは、あり余るエネルギーを目標に向けて注げていないため、つっぱってみたり、悪ぶってみたりして発散させていると考えられます。
一昔前の青春ドラマにありがちなのは、新人熱血先生が不良少年たちを立ち直らせるストーリーですが、実際は熱血指導だけでは難しいものです。
だから丁寧に子供たちと関わっていき、イライラした感情は吐き出させて感情のマネジメントを行い、あるがままを受け入れて全力を尽くす行動のマネジメントを実行しました。
そして、「皆で野球をやっている時は最高に楽しい!」というミッションマネジメン トも大切なポイントでした。何よりも義田氏自身が野球が大好きな野球少年だったこと が、彼らに伝わったのでしょう。
そしていよいよ、夏の甲子園をめざす予選が始まります。
去年は2回戦で敗退。今年は3回戦までか、4回戦までいけるのか……と思われていた中、チームは思わぬ底力を発揮しました。
実力で上回る相手チームと何度も対戦しましたが、急激に実力が上がったわけではないので、もちろん打たれることは打たれます。
しかし、何となく試合には勝っていくのでした。満塁を許しても、ピッチャーが抑えれば0点、こちらが三者三振でも同じ0点 です。ギリギリのところで凌いだり、声を掛け合って踏ん張るメンタルの強さを発揮しました。
その不思議な光景を目の当たりにしたのです。
実は、メンタルトレーニングの世界ではこういうことはよくあります。
不思議なのですが、メンタルが変わると奇跡的と思えるような運の強さを引き寄せるのです。これは、「流れがこちらに向く」といったものです。
勝負において実力に大きな差がなければ、心が安定してリラックスし、試合を楽しむ気持ちの強い方が自然と流れを引き寄せていきます。そういった目に見えない空気感を支配しているのは、実はメンタルなのです。
そしてチームは次々と勝ち抜き、遂に静岡県大会の決勝戦まで進みました。決勝戦の日、義田氏は選手たちを集めて聞きました。
「決勝まで残れると思っていた人は、手を上げて」
誰も手が上がりません。
「そうだよな。去年は2回戦までだったから、誰も決勝まで残れるなんて思っていなかったよな。それなら明日は勝っても負けても思い切り楽しんでやろう。野球を楽しもう!」
決勝戦の相手は、甲子園常連の超強豪校。現実的には実力はまさに雲泥の差です。
そして、結果としては惜しくも敗れました。しかし、決して大差をつけられたわけではなく、1対0の僅差でした。負けるのはとても悔しいことですが、僅差なのは奇跡的なことでした。去年までのチームの状態を知っている人なら、誰もがそう思ったはずです。
メンタルトレーニングを導入してたった一年半で、このチームは大きなものを手に入れました。県大会準優勝という過去最高の成績はもちろん、戦い抜いた一人一人の笑顔は、これからの人生で大きな力を得たことを物語っていました。