立志伝を実現したグリットカ本田宗一郎

2024.01.13

自身で立ち上げた本田技研工業を、一代で「世界のホンダ」にまで成長させた、まさに立志伝中の人物が本田宗一郎です。

企業家精神に満ちた経営者として、今なお信奉者を生み続けています。

本田氏は、本田技研の創業当初から世界という高い目標を掲げていました。

「私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きることにある」という言葉は、彼の高いグリット力を端的に物語る名言です。

また彼はこうも言っています。

「“得手に帆を掲げて”とはよく言ったもので、得意な道を一生懸命に打ち込んでおりさえすれば、チャンスは必ずある」。

ひとつのことに興味を持ち、情熱を傾け、それが何年かかっても努力を重ねて取り組み続けること、つまりグリット力について語っているのです。

「成功者は押しなべて高いグリット力を持っている」、その例として挙げられることの多い本田氏ですが、その発言を見ていくと納得がいきます。

1954年、2輪マシンのひのき舞台であるマン島TTレースを視察し、世界のトップクラスマシンを目の当たりにした本田氏は衝撃を受けました。

見込んでいた世界トップグラスのマシンの性能が、 実際には3倍近くもあることを知ったからです。

現実に打ちのめされた本田氏ですが、そこはグ リット力の体現者。帰国しすぐにマン島TT レース推進本部を立ち上げ、「世界のホンダ」への道のりを歩み出し、7年の歳月を積み重ねて、世界の強豪を抑えるトップレーシングチームへと成長したのです。

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